岡山地方裁判所 昭和40年(行ウ)10号 判決 1966年5月19日
原告 国
被告 興和産経株式会社
主文
被告は原告に対し、別表二記載のとおりの粗税の納付義務のあることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一、申立
(一) 原告
「主文同旨」の判決を求める。
(二) 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
二、事実上の主張
(一) 請求原因
1、岡山税務署長は被告に対し、被告の「昭和三〇年五月一日より同三一年四月三〇日迄」の間の事業年度における源泉徴収所得税額とその加算税額につき、別表一記載のとおりの決定をし、納付期限を昭和三二年二月二八日と定めて納入の告知をし、さらにこれが右期日までに納付されなかつたので督促状を発した。そして、右税額に利子税・延滞加算税(昭和三七年法律六六号改正前の所得税法所定)・延滞税(同法律改正後所定)を加算すると、現に被告の納付すべき税額は別表二記載のとおりとなる。
2、ところで、被告は、昭和三六年九月二〇日に解散して同月二八日その旨登記し、目下清算中である。そして、被告のもとには差押うべきような財産は見当らない。
3、本訴は、行政処分である課税処分により形成された被告の租税納付義務の存在確認を求めるものであるから、原告被告間の対立的法律関係を訴訟の対象とするものであつて、行政事件訴訟法第四条所定の当事者訴訟(公法上の法律関係に関する訴訟)に該当する。而して、原告がかゝる訴を提起するに至つた理由は、右租税納付義務の消滅時効の進行を中断するためである。つまり、前記のように被告が右義務の存在を争いながらも差押うべき財産を保有していないため、事実上滞納処分による差押えに着手することができず、右消滅時効の進行を中断するには、裁判上の請求をする他とるべき手段がないからである。したがつて、かゝる場合においては、たとえ謂ゆる「自力執行力」が認められている租税債権であつても、裁判上の請求をすることが許されるべきである。
(二) 答弁
1、本案前の被告の主張
本訴には、訴の利益がない。租税債権には滞納処分手続による執行力があるのだから、消滅時効の進行を中断するためには直ちに差押えに着手すればよいのであつて、なにも訴を提起する必要はない。またこのような訴訟を認める法規はないから、本件訴は、不適法である。
2、請求原因に対する答弁
請求原因事実中、1は不知、2は認める、3は争う。
(三) 抗弁
原告主張の租税債権は、既に時効消滅した。
(四) 再抗弁
消滅時効の進行は、左の事実により中断した。
1、被告代表者代表取締役竹内英夫は、昭和三五年四月一三日広島国税局長に対し租税債務確認書を提出して、前記租税納付義務のあることを承認した。
2、広島国税局長は、昭和四〇年四月一日頃被告清算人光延豊に対し、前記付義務の租税納履行方を催告した。なお、登記簿上被告の主たる事務所所在地と表示されている岡山市上伊福本町六番地の一一には当時何ら会社の実体が存在していなかつたゝめ、右催告は右清算人の住居地である岡山県久米郡久米南町京尾四七四番地宛に催告書を郵送してなされた。
(五) 再抗弁に対する答弁
再抗弁事実中、1は不知、2は否認する。被告清算人は、原告主張の催告書を受領していない。けだし、同人は原告主張の地には居住しておらず、津山市椿高下四三番地に居住しているからである。また、仮りに住居地において同人のもとに催告書が到達したとするも、前記租税債権が被告に対するものである以上、その支払いの催告も被告の主たる事務所所在地宛になすべきであつて、清算人個人の住居地宛になしたのでは適法な催告にならない。
三、立証<省略>
理由
一、本件訴の利益について
まず、そもそも国が租税債権を満足させるにつき、裁判上の請求が必要であるのかどうかという点を考えてみよう。租税債権は、税務署長の課税処分なる行政行為により国が取得し、しかも、それには所謂「自力執行力」と称される執行力が付与せられており、その任意履行がなされないときは、直ちに国税徴収法所定の滞納処分手続による差押・換価処分をして、強制的に徴収することができるのである。したがつて、通常の場合国が租税債権の行使として、訴を提起する必要はないであろう。けれども、本件においては、当事者間に争いない事実によれば、被告は原告主張の租税債権の存在を争つていながら、目下のところ、差押えの対象となるべき財産を所持しておらない事情があり、しかも、租税債権の消滅時効の進行を中断する方法については民法所定の方法によることとされている(会計法第三一条・国税通則法第七二条)。そうすると、前記事情が存する以上裁判上の請求をするよりほかに、時効中断の方法はないことになる。かかる場合は、国が租税債権の行使を裁判上の請求によりなす必要があり、そのためにする訴には本案判決を求める利益がある。
次に、原告の終極的な目的が物の給付を求めるところにあることと、債権存在確認の訴を提起することの適切性につき考えるに、この点についても、前述のように租税債権には自力執行力が付与されているから、原告は、租税債権の存在が確定される限りその目的を達しうるのであり、裁判上請求するについても給付の訴による必要はなく、債権確認の訴によるのが最も適切である。
以上の次第により、本件訴には判決を求める利益がある。
そして、右の訴は、行政事件訴訟法第四条の公法上の法律関係に関する訴訟に該ることは、多言を要しないから、本件訴は適法である。
二、本案に対する判断
(一) 成立につき争いのない甲第一号証の一・二によれば、岡山税務署長が被告に対し別表一記載のような課税処分決定をし、これにより原告が昭和三二年二月一九日現在同表記載の額の租税債権を取得したこと、および、右税額に昭和三七年法律第六六号改正前の所得税法所定の利子税・延滞加算税ならびに右改正後の同法所定の延滞税を加算すれば、本件口頭弁論終結時である昭和四一年三月一〇日当時の税額が同表第二記載の額を下らないことが認められる。
(二) そこで、右債権が時効により消滅したかどうか考えてみよう。成立につき争いのない甲第二・三・六・七号証および第四・五号証の各一・二によれば、岡山税務署長が被告に対し別表一記載の租税債務につき納入告知をしてから五年以内である昭和三五年四月一三日、被告代表者代表取締役竹内英夫は広島国税局長に対し甲第三号証の滞納税額確認承諾書を提出して右債務を承認したこと、昭和三九年一二月一一日当時被告は主たる事務所を岡山市上伊福本町六番地と登記していたが、同所には会社の実体が存在していなかつたこと、そのため、広島国税局長は昭和四〇年四月二日頃やむなく被告清算人光延豊に対し、登記簿および住民登録簿上住居地と表示されている岡山県久米郡久米南町京尾四七四番地宛に甲第四号証の二の納税催告書を書留郵便をもつて発送し、その頃同所に到達した事実が認められる。被告は、右書面の到達を争うけれども、被告清算人が前記場所に住所を有するとして登記簿上、住民登録簿上表示されていることは前記認定のとおりであるから、同人は右場所に住所を有したと推認されるところ、本件弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる第一号証によつては、右認定を覆えすに足りないし他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、該書面は、通常到達すべきであると認められる同月四日頃には、被告に送達されたと推定(国税通則法第一二条第二項)されるのである。また、被告は、たとえ、清算人のもとに催告がなされてもそれが被告の主たる事務所宛になされなければ効力がない旨主張するが、これは独自の見解であつてとうてい採用することができない。
そうすると、前記租税債務の消滅時効の進行は、昭和三五年四月一三日債務承認により同四〇年四月四日頃催告によりそれぞれ中断され、その後右催告時より六ケ月経過しておらない同年九月二二日に本訴が提起されているのであるから、右債務は未だ時効消滅していない。
(三) したがつて、原告の請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柚木淳 井関浩 木原幹郎)
(別表) 一
課税明細表
会計年度
税目
法定納期限
指定納期限
督促状指定期限
本税
加算税
昭和三七年法律六六号改正前
同上法律改正後
計
課税元年又は事業年度
利子税
延滞加算税
延滞税
31
源泉
三一、五一〇
三二、二二八
三二、四、一
九〇、六五八
二二、五〇〇
法律による金額
〃
〃
一一三、一五八
自三〇、五、一
至三一、四、三〇
計
九〇、六五八
二二、五〇〇
一一三、一五八
(別表) 二
滞納税額表
会計年度
税目
法定納期限
指定納期限
督促状指定期限
本税
加算税
昭和三七年法律六六号改正前
同上法律改正後
計
課税元年又は事業年度
利子税
延滞加算税
延滞税
31
源泉
三一、五一〇
三二、二二八
三二、四、一
九〇、六五八
二二、五〇〇
四四、一〇〇
四、五〇〇
二二、八七〇
一八四、六二八
自三〇、五、一
至三一、四、三〇
計
九〇、六五八
二二、五〇〇
四四、一〇〇
四、五〇〇
二二、八七〇
一八四、六二八